ロリコン同人作家『ロリータ』を読む

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『ロリータ』は重たい文学作品だ。少なくとも,普段プリキュアだアイマスだと喜んでる自分のようなアニメオタクには,重たい。読み通せないほど長大だという意味ではなく,一度読んだだけでは終わりにさせてもらえない仕掛けが張り巡らされているのだ。作者のウラジーミル・ナボコフは文学研究者とか読書好きの間では有名な「仕掛け好き」の作家で,チェスの一手一手のように綿密なプロットだとか,語法・レトリックそのものに意味を持たせる手法だとかを頻繁に駆使する作風なのだという。この仕掛けに真っ向から挑戦しようとすると,ブログが文学論の講義になってしまうし,それは専門家の先生に任せるべき領域だ。

そこで視点を変えて,永遠の名作である『ロリータ』が,2010年代のオタク向けコンテンツに毒されきった一人の「ロリコン」同人作家の目にどう映るのか,現代のロリコンにとって『ロリータ』は「いただける」ものなのか,「いただける」としたら「おいしい」のはどこなのか……そういうことを,マイペースに綴っていこうと思う。

(普通この本を評するとき,異常者であるハンバートの行動や心情を,「そんな愚劣なことをするなど到底理解できない正常者」の立場でああだこうだ分析し,断罪し,また同情したりする。だが私はロリコンで,ハンバート側の人間だ。)

これから書いていく一連のエントリーが,『ロリータ』をまだ読んだことのないロリコン諸兄どもの,読書の道しるべにもなれば幸いである。YESロリータNOタッチ。